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2012年5月10日 (木)

足早に駆け抜けた「アールヌーボー」 ナンシー派美術館

                                               

19世紀末 ベルギー、フランス、イギリス、ドイツ、オーストリア、アメリカなどで

大きく花開いた芸術様式 「アールヌーボー Art Nouveau (新しい芸術)」は

実は、

約25年という短い期間に 燃え盛る炎となって 世界を駆け巡り、

 
あっけなく消滅したムーブメントでした




しかし、その豊潤な魅力は 遍く 人々の心を潤し 次の趨勢へと引き継がれたのです

特に 日本人には ファンが多いですよね ・・・



                                             



01. その発祥地の一つが フランス北東部にある ナンシー Nancy

その 「ナンシー派」の中心人物こそ

ネオ・ロココ様式家具職人の子にして ガラスの魔術師 ”エミール・ガレ Emile Galle” 

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02. ここ「ナンシー派美術館 Musee de l'Ecole de Nancy」の 館内には 

ガラス器 家具 絵画 ステンドガラスなど ナンシー派の作品が 所狭しと ひしめいております~

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03. さて 産業革命後、 一気に工業化が進んだ結果

 
世の中には やや無味乾燥な、時には粗悪な 日用品が出回ることになりました
   



経済的には豊かになりつつあった 各国の中産階級が 日常に芸術性を呼び戻し、 

新たな美を創造しようと目論んだのも 当然の成り行きだったかもしれません

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( 絵画も展示されています )







04. 「ナンシー派美術館」の中でも この食堂は 見もの!


テーブル 椅子 食器棚 天井と壁面 照明 室内の全てに

流れるような曲線が行き渡り 見事な造形美を醸し出しています

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05. 「アールヌーボー」の特色を 端的に言ってみると(一部 例外はありますが)、

”自然界の曲線的フォルムを導入すること” と

 
”昆虫や魚、草木や花などをモチーフとして採り入れる”という 二点



人間らしい感性をほんの少しでも持ち合わせていれば 容易に理解できる芸術です~

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06.  紫檀・黒檀などの寄木細工や螺鈿などで装飾された ガレ作のベッド「曙と黄昏」


  
今にも 蝶の鱗粉が舞いそうな

”昼と夜 曙と黄昏 生と死を想起させる”怪しげなデザイン・・

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07.  マホガニーに寄木細工が施された マジョレル作の「グランドピアノ」
  

白鳥の死がテーマで 鍵盤蓋には 松かさ模様が彫られています

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さて、各地のアールヌーボー様式に ジャポニズムが巧みに消化吸収されていたことは

周知の事実ですが、 ここナンシーでは 実際に一人の日本人が 直接関与していました



                                                






08. それが 地質学者として ナンシーの水利森林学校に留学していた「高島得三」

彼は 雅号を「北海」といい、日本画も能くしておりました


たまたま知り合ったガレは「北海」を通じて 日本人の自然観、アニミズムを深く吸収し、

いわゆる ガレの個性あふれる「物いうガラス」「物いう家具」の水源と成したのです

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( 北海の「水墨画」や日本の「文様集」も展示されていました )






09. 菊の花を図案化した「ガレの小卓子(左側)」と 

池畔で水浴する裸婦と 蓮の花を図案化した「マジョレルの飾り棚(右側)」

なんとも 日本的な趣きではありませんか~!

「手(下段)」は 海草が巻き付いる不気味なオブジェ

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10. さて、「アールヌーボー」が足早に 駆け抜けた理由、 その一つは

草木の茎や枝が 空(くう)をまさぐるように増殖するデザイン、


その神秘的な曲線のうねりが 病的且つグロテスクな 過度の装飾の領域にまで及ぶのに 

時間はかかりませんでした



”装飾は不用、罪悪であるとすら見なされる時代”が 到来したのです

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( 美術館の広い庭にある 唐傘のような屋根を持つ水族館 )








11. さらに もう一つの理由は

もともと 「アールヌーボー」は 工業製品に対峙する 手作りの芸術品でしたから、

富裕なパトロンの後ろ盾を必要とする 高価なシロモノでした



高くて神秘的、’手が届かないからこそ魅力的’ではあったのですが、

近代化が急速に進み、実利を求める社会構造には 

その魅力の’神通力’が 通用しなくなってしまったのです 

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( 美術館の庭にある マジョレルの銅像 と 日本語での注意書き )




                     






日本人の ”アールヌーボー好き”は 

デザインの根底に 日本文化が応用されていたことを思えば 容易に納得の行く話です

また、日本の バブル時代には 
 
お金持ちになったばかりの人々や 一部の芸能人が わが身を高めるのに、

競ってアールヌーボー作品を持ちたがったような気がします


( 西欧の当時の人々にも同じような発想が 少しはあったかもしれませんね )



                         





美術史的には ブームは去ったとは言え、怪しげで、罪深げ、魅力溢れる「アールヌーボー」

世界の街角の装飾や メトロの入り口、本の装丁やポスターを通して 
今日でも いつでも出会えますし

私たちの芸術的嗜好も いつのまにか あの曲線美にすっかり馴染んでしまい


 

今や 古今東西の区分とか 一時の流行を越えた 

” 芸術のスタンダード ” と なったことは確かなようですね

                        

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アールヌーボー発祥の地」カテゴリの記事

コメント

今日は
絵画を見ることは好きで茨城の美術館へは展示物が変わる毎に見ています。
アールヌーボーをこれほど丁寧な説明を受けたのは初めてです。
アールヌーボーの展示会を実際に見る機会はなかったと思いますね。
グラスゴーでマッキントッシュの建造物と装飾品を見ましたが消化不良でした。
作品は奇抜だと思いました。

アールヌーボーのアールは、円周や曲線を現す<R>だと思い込んでいたヤツがいたとかいなかったとか。(笑)
アールヌーボーからアールデコへ、あっという間のモダンへと、1世紀の変遷は目まぐるしいものでありました。
工芸品や嗜好品はともかく、建築物や家具調度については、やはりわが国での定着はごくわずかであったようですね。
木と紙の直線的な建物での長い伝統が、あの<R>(笑)に馴染みきれなかったのでしょうか。
デコはそれなりに残っています。関東大震災復興期と重なったからかも知れませんが。
さて、モダンからポストモダンへ、もうその先の混沌は何処へいくのでしょうか。

Golfunさま
マッキントッシュは 例外的に”直線的”作品が主だったようですね
樹木のの林立をイメージしたからでしょうか・・
マッキントッシュは 現代でも個性的ですね

kurakameさま
アールデコの方が 日本で建物により多く採用されたのは
障子や畳の直線文化が基本だったから、ということ
成程、と思いました~~!   Rヌーボーも 面白いですね!

アールヌーボ-、ナンシー派、それにナンシー美術館展示作品の写真への取上げと解説は、いかにもbellaさんらしいもので興味深く拝見しました。
小生アールヌーボー大好き。特にガレの作品は大好きです。
小生の本箱の中には、今もガレの作品の写真2点が飾られています。
小生の生まれ故郷諏訪では、ガレの素敵な作品が沢山見れますので、諏訪に行くと北沢美術館訪問は欠かせません。
数年前の江戸東京博物館でのガレ展も楽しみました。
そう言えば幕張にも北沢美術館があった様に記憶しますが、小生は行っていないのですが、bellaさんは行かれましたか。

ktempleさま
幕張の北澤には よく通いました~ お客様を案内したりして・・
でも数年で閉鎖となり残念でした   諏訪のは 観光客も多くて経営的には
安定してますね  昔、私も行きましたがとても素敵でした~!

こんばんは (◎´∀`)ノ
bellaさん、芸術に対する造詣の深さと知識、本当にスゴイですね。
芸術に疎い私なんぞは毎回、「この名前、聞いたことがある」「この絵、何かで見たことがある」程度で、お恥ずかしい限りです (^_^;;
アールヌーボーやガレの名も、聞いたことがあるだけで、その本質は全く知らないのです (。_。)
でも、bellaさんのブログでこうしたものを拝見でき、自分も旅した気分に浸ったり、新たな知識が増えるのですよネェ (^o^)!
本当にいつもいつもありがたく拝見させていただいてます m(u_u)mアリガト!

こんにちは!
あまり芸術の世界に縁の薄かった小生、アールヌーボ些か誤解していたようです。
一時代を画した芸術だったんですね。
所謂大正ロマンと通ずるものがあるように思います。
それにしても蛾をデザインしたベッドでは寝られません。
夜中に顔を覆われる夢を見そうです。蛾の苦手なminojiです。(笑)

一時代を駆け抜けた芸術上の運動とは言え ”アールヌーボー” は現代人の洗練されたセンスの一部であり、私の感性も磨かれ研ぎ澄まされていくような気になります。力強さより美しさ・・・ベイブリッジよりレインボ-ブリッジ、直線的索状より懸垂線(カテナリー)、いずれも力学的条件をクリアーしているならば 美しい方を・・・  それにしても命名法は気になりますね! 新幹線は何年後 新 でなくなるのか?・・・寝言で失礼。

ケンさま
東京の新橋も もう立派な古株の町ですし 
パリのポンヌフ(新橋)も 全ての橋で一二を争う古さですから
アールヌーボーも きっとこのままでしょうね・・
私も 名前が 若子だったらよかったのに!

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