« 2012年3月 | トップページ | 2012年5月 »

2012年4月

2012年4月26日 (木)

フンフンフン鹿のフン~ 大仏殿の産婆さん




今回、 出来たばかりの「新東名高速道」を通って 

奈良方面に 旅行してきましたが、

修学旅行以来という ”関西音痴”の私の胸に
 

関西の魅力は ズシンと響きましたヨ ~!


                                            



01. 舗装面もピカピカで、渋滞もなくスイスイ、

東京圏から 名古屋の先 亀山までたった4時間、

まだ 真昼間、  早く着き過ぎて 嬉しい誤算でした ・・・

結局  亀山のホテルをキャンセルして、

その日は  「女人高野・室生寺」まで 分け入ることとなりました

01






02. 今度の旅行で、 奈良・滋賀など 寺社仏閣30か所弱を 回りました

が、、 真面目な話題はさて置き、

  
動物好きの私が 最も感動したのが ”奈良の鹿のフン”

02




03. 鹿せんべいをやるにも、 鹿から逃げるにも、

” もう エサがないこと ”を 納得させるにも、 両手は上へ上へ! 

03


04. 鹿って お尻から ”黒豆みたいなフン” を 

パラパラパラ~って 音を立てて、 一気に撒き散らすんですね~ 

それも涼しい顔で・・・ 

感動でした!  ホント訳もなく感動でした~~ 

04


05. さて 「東大寺」、、、  南大門から入ると 

朱塗りの回廊が巡る 「 金堂(大仏殿) 」がある

05








06. いわゆる ” 奈良の大仏さん・盧舎那仏 ”を見上げて また感動

06





07. ところで、大仏殿の一本の柱に 小さな穴が開いていた

人々が 次から次へ ” 穴くぐり ”に 挑戦する

「 ハイ、清い身となり この世に生まれ出て、おめでとう 」  

07








08. この穴は 誰かに助けてもらわねば 絶対、抜けられない

手伝うのは 何故か熟年のご夫人が多い  女性の本能でしょうか・・


やっぱり ” 産婆はオババ ”に 任せましょう!

08





09. お産婆さん、また一人 取り上げました~

見知らぬ人でも ちゃんと救いの手を貸すのです・・・

09





10. あなたたちなら オチャノコサイサイだね

ついこの前、こうして この世に生まれて来たばかりだし 

10




11. 若草山で また鹿君たちに会いました

車を見つけると 木陰から、集団でゾロゾロやって来る

生え変わり中の毛皮から 雨のしずくが ポタポタ流れる・・・

11


つぶらな瞳でじっと見つめられるとたまらない
 

シカせんべいの残りをあげるネ

君たちの”フン”に 感動させてもらったことだし・・!

                   

それにしても サルでなくてよかった~

車の窓を開けたりしたら サルなら 絶対襲って来るから 





                            

2012年4月18日 (水)

bellaのフラワーアレンジメント  假屋崎さんピアノがお上手!


今回は お花見で小旅行中なので、フランス旅行記は一休み

花のお便り、 < bellaのフラワーアレンジメント >を 

届けさせていただきます~~

 

                                        

01. 爽やかな 初夏の光を先取りして・・   

01_4








02. アイスクリーム  ^&^

02_2







03. 乙女のエプロン

03









04. 紅白のコラボレーション 

04 

さて、  先日 「 華道家 假屋崎省吾さんが 

ピアニスト 須江太郎さんの演奏に合わせて 生け花を活ける 」 という

コラボレーションコンサートに 行ってまいりました

 

                                         




 

05. 気位の高いトンボ ・・・

05_5
ドビュッシーの生誕150年ということで、 

「月の光」や 「亜麻色の髪の乙女」 「水の反映」 などの名曲が 
演奏されました 
 

”生け花と音楽”、一見、 普通にありそなコラボですが、

ご本人たちは 斬新な 初めての経験だとおっしゃっていましたヨ~

 

                                                

06. 雪より白く!  (ブライダルブーケ)

06
活けるお花は 事前に  一本一本、 枝葉などきれいに整えられていて、 

’假屋崎先生’が およこし!とばかり  シュッと手を伸ばすと、 

かがんだ ’黒子の美男お弟子’が 次から次へ  サッと手渡す手際よさ

 

一曲に付き一杯のフラワーアレンジメントが 見事に仕上がります~!

 

                                                        




07. 可愛い新入生

07
ところで、 私が 一番驚いたのは 假屋崎さんのピアノ演奏、 

ショパンやフォーレなどを弾きましたが、 これが素晴らしくお上手! 

CDも出しているそうですゥ~



                    



08. 巻き毛のマドモアゼル・・・

08

ところで、コンサートの始まる前と 終了後に、 假屋崎さん、自ら売り子となり

声を張り上げて 懸命のグッズ販売 !

「 私が作ったハサミ 軽くてよく切れるわよ~ 」 「 このバラのお紅茶 痩せるワヨ 」

「 この一輪挿し 手作りだから 世界に一つなのよ~!」

 

世俗の逞しさと 感性豊かな芸術家の領分と 入り混じる様子を

感心しながら   遠巻きに眺めてまいりました~

 

                  




09. ブライダルブーケ ’Something blue ’

09

花嫁は 「 何か新しいもの、何か古いもの、そして何か青いもの 」を

身に付けると 幸せになれるんですって・・

 

そう言えば、私は付け忘れたかしらァ~~  ^&^





                                          

2012年4月12日 (木)

マジノ線とヴォ―ジュ山脈 仏軍歩兵の白い十字架


<マジノ線>という単語は きっと耳にしたことがあるでしょう

 

それは、 第二次世界大戦時に ドイツ軍侵攻に備えて

当時のフランスの陸軍大臣 アンドレ・マジノが築いた 帯状の防衛線のこと。

フランス北東部の ” ロレーヌ地方 ” に 

25,000人もの 工兵や市民の人海戦術で築かれたのが、 いわゆる <マジノ線>。

全長150km、70の地下基地と 500の砲台を持つ

重装備化された コンクリート造りの大要塞でした。 

                                                 

 

01.    第一次世界大戦時には ロレーヌ地方の南のアルザス地方 にある 

 ヴォ―ジュ山脈が もともと自然の要塞として  独仏軍の攻防の場でありました。

 

本来 安らぎの里であった 緑のヴォ―ジュ山脈が  その時ばかりは

独仏の兵士たちの鮮血で 自らの山肌を 真っ赤に染め、
 
後世に語り伝えられる 悲劇の地となったのです ・・・

01_3

( 白い十字架群 は 第一次世界大戦で 戦死したフランス兵士の墓 )







02.    のどかで美しいヴォージュ山地、 とりわけ高い山という訳ではありません 。

 

高さより、むしろ 起伏に富む険しい岩峰や 川の浸食で急傾斜で降下する山肌が 

戦いに備える自然の要塞として 好都合だったと言われます。

02_3








03.   曲がりくねる山道を走って行くと、標識が現れました

< ル・ランジュ峠 Le Linge 標高976m > < 瞑想の地 >

 

このあたりに、 そうです、   戦死者の遺体が累々と横たわり ・・ 

血の臭いが立ち込めていた ・・
      そんな想像をしたら

思わず、 黙とうしなければ~ という気持ちになりました。

03_3








04.     この「 「 ル・ランジュ峠 」 には 慰霊塔が建てられている

1915年の7月20日から 10月15日までの たった3ヶ月で 独仏合わせて 

17,000人の死者、
 仏軍側では 17大隊の80%が死亡する という凄まじさでした。

 

山岳地帯の局所的な戦いで、 短期間に、 これだけの犠牲者が出るという 

壮絶な悲劇は 
世界史でも 他に類を見ないという !

04_2








05.      今日でも 兵士が身を潜めた濠、朽ちかけた兵器などが、

十字架と共に その面影を留めていた。

05_4







06. アルザス・ロレーヌ地方には このような ” 瞑想の地 ” が 幾つかある。

 

戦争で 極限の恐怖に直面しながらも、 勇気 そして愛国心という美徳を 

発揮しなければならなかった 多くの 平凡な父や息子たちの魂に 

100年後の今日でも 胸打たれるものがあります。

06_3
( この地に 血を滴らせた 10、000人の フランス兵に捧ぐ )








07.     さて、1967年のある日、 ここ< ル・ランジュ >に
 

50年前戦火をくぐり抜けた 一人の老人が 孫を連れてやって来たそうです。

多くの勇敢な兵士が命を落としたこの聖地が、 荒れ果てるがまま ごみ屑のように 

打ち捨てられているのを目の当たりにし、  彼は涙を流して 悲しみました。
 

07
( 写真は ウエットステン Wettstein 無名戦士の墓地 
  
整然と居並ぶ白い十字架群、 3000のフランス兵が眠っている )

                                   







08.    その光景を目の当りにした地元の関係者が ひどく心を動かされ、

この地を整備し、遺骨を収集し、慰霊塔を立てることを 固く決意したのです。
   

 

しかし、50年以上打ち捨てられていた戦場を整備し、記念館などを建てるには  

かなりの年月が必要でした。
やっと記念式典にこぎつけたのが 14年後の1981年。

08_2








09.      近代兵器のなかった第一次大戦までは 攻撃も防衛も 主役は歩兵で、

 

使われた弾薬の量も 半端な数字ではなかったそうだ。

 

確かに、 第一次大戦当時の写真を見れば アルザスの独仏の戦いは 

文字通り アナログ的で 無防備な生身の肉体が 容赦なく 危険に晒された様が

容易に想像される。
09_2








10.     記念館には 独仏両国の武器、火薬、弾薬、個人の持ち物、ヘルメット、

水筒 写真、手紙、地図  などが展示されていた。
 

子供たちには よい学習の場となったかも知れない。

10





11.      ところで、第二次世界大戦で ドイツ軍は フランスが自国防衛の砦として

鉄壁の装備を誇った 「 マジノ線 」 を正面突破するのでなく、

思いもかけぬ地点、つまり フランスが 防衛の想定外としていた

ベルギーのアルデンヌの森方面から なだれ込んだ ・・・


仏国が莫大な国家予算を投じた 「 マジノ線 」 は 無用の長物と化し、
  

ベルギー国境防衛の たった一か所の 気の緩みが 命取りとなった形となりました。 

11




 第一次世界大戦は フランスにとっては もともと ドイツからの 

「アルザス・ロレーヌ地方奪還」 という 具体的命題を持った戦いではありましたが、

名もなき父や息子たちが繰り広げた ヴォ―ジュ山脈での 局所的な 悲惨極まりない

小さな戦いを 笑うがごとく、

英仏伊米などの連合国 対 ドイツという より複雑且つ大局的な構図から

別な場所で 決着が着けられることになったのです。 

時を経て 現在は 「 アルザス ・ ロレーヌ 」 は フランスのものとなっていますが

戦争というものは どの時代にあっても 勝者にも敗者にも つらい禍根を残すもの。


                   





現在は 山あいにスキーリフトなども張られ、平和で静かな ヴォ―ジュの佇まいですが

青い森の中の 白い十字架は 紛れもなく 今日の豊かなフランスの 

歴史の深い傷跡であることに違いありません。


 

                     

 

2012年4月 5日 (木)

イザベルとセバスチャン 若夫婦のオーベルジュ

以前の記事で、 歴史的な建物を買い取り ブルターニュの古都でホテルを始めた 

脱サラカップルの話を 2組紹介しましたが、

 

今回は 山間部で古い農家を買い取り、 リフォームして

オーベルジュ ( 田舎の宿屋 ) を始めた 若いカップルのお話です~

 

                                                                                     




01.     クリスタルで有名なバカラから ヴォ―ジュの山間部に入ると 

道路際の溝に ” 自由人 ” が 一頭 。       なんて長閑なこと!

01







02.    建物にオーベルジュの看板が出ていたが 実際やっているかどうか ・・・
 

ドアを開けると、暗くて何も見えなかったが やがて 若いマダムの白い顔が見えた。

 

” 部屋をご覧になりますか~ ”  薄暗いので 勘を頼りに 軋む床をすり足で進む。

二部屋を比べたが  どちらもお世辞にも素敵とは言えない 。

田舎の臭いがする・・・    気後れするほど鄙びている !
 


 
でも、 こんな田舎宿こそ、ある意味憧れていたんではなかったか ・・

02








03.    宿の説明書きに  ” イザベルとセバスチャンは あなた様方を おもてなし

出来ることを 幸せに思います~ ”  とあった。

フランスには カップルの名前が そのまま屋号になっているオーベルジュがある。


良い悪いでなく、 日本語の語感では無理でしょうね ~

” ペンション 幸子と一郎 ” なんて ・・・      ^&^

03_2








04.      どちらが欠けても成り立たない仕事    夫婦二人三脚です!  

04

 







05.     夕食はセバスチャンが 腕を振るってくれました  
 

飛び込みの客ですから ある程度保存が効く食材でしょうが これで十分でした。

たまには こんな気取らないフランス料理もいいものです。


ところで、ここには それほど泊り客が来るとも思えない。 商売が成り立つのだろうか・・

実は 丘を下った所に町がある。   フランス人は やっぱり食べることが好きで、 

週末や何かがあるにつけ、 町の人々が寄り合う大切な集会所として愛されているらしい。

05






06.      イザベルとセバスチャンが 築150年の田舎家を買ったのが 3年前、
 

セバスチャンが料理の修行をして、あちこち改装して オーベルジュを始めたのが2年前。

「 そうだったのですか~ まだまだ、緒についたばかりなのですね、

がんばってくださいな 」
 「 ええ、ローンを山ほど返さなければならないんですよ! 」
 

多分 都市部の建物より 格段に安い物件だったかも知れないが

若い二人にとっては 掛けがえのない夢舞台に 違いない。 

06








07.      彼らには 娘を美しい自然の中で育てたい という夢もあった。

エレーヌ 9歳は 算数と体育が得意なんですって。


フランスでは 日本のような立派な皮のランドセルは ほとんど見かけない。

実用本位のリュックで これから登校です。 
ストラップは 最近 どこの国でも共通なのですね・・・

07_3









08.     近くに 牛の牧場があって、牛糞の臭いが香しい?! が、

エレーヌにとって 大自然の遊び場は 最高なんです!

 

ブランコや滑り台、トランポリンがあって、 山羊の ” キャラメル君 ” もお友達。

学校のお友達も たくさん遊びに来るそうですよ~

 

毎朝パパが車で学校まで連れて行くが、も少し 大きくなったら 自転車通になるらしい。

08







09.       ところで、ここには 亀の番が住んでいた。 イザベルが言うことに

「 卵は食べてしまうので、子供が生まれたことはないのですよ~  」

 

卵を食べるのは イザベルとセバスチャン夫婦だと 我が夫は言う。
( 料理好きが高じて・・)

卵を食べてしまうのは 亀の夫婦だと 私は言った。

 

一晩もめたが、 翌朝イザベルに聞いてみると 彼女は涙を浮かべて 笑い転げた。

「 亀に決まってるじゃあないですか~ !! 」

09








10.     登校する エレーヌとパパを 見送ったあと 
オーベルジュを出発した。

 

朝靄の向こうに 今日と言う日が また始まる。

きっといい日になるに違いない・・・!

10



でも、山道をしばらく行くと、

その平和な心持ちが 激しく揺さぶられるような光景が待っていた。

 

何千という白い十字架の群れが 忽然と姿を現したのです・・・

 

                                     

« 2012年3月 | トップページ | 2012年5月 »

2019年10月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    

カテゴリー

リンク先

フォト
無料ブログはココログ

最近のトラックバック