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2011年10月24日 (月)

モンサンミッシェル 牢獄とヴィクトールユーゴーと

モンサンミッシェルの おおざっぱな歴史ですが、、、

8世紀初めに 小さな礼拝堂の建設が始まりましたが

10世紀には ベネディクト派の修道院が出来、 その頃から
 

中世の「祈りと巡礼のメッカ」となりました    しかし、

14世紀には 英仏百年戦争が起き  「軍事的要塞」となり、

フランス革命では 「牢獄」となり、 宗教とはかけ離れた役割を演じていましたが

19世紀後半に 景勝地として脚光を浴び始めると、

瞬く間に 「世界的な観光地 モンサンミッシェル」となった という次第です~~

                   







01.   山の上に行くには ざっと3つの道があります

 

商店が連なる 賑やかな グラン リュー Grand Rue 大通り

(と言っても 曲がりくねる細い路地)を 行く方法と、

01






02.   海沿いの城壁を渡って行く方法(写真 ↓)、

それから 
ふもとからほぼ垂直に 教会へ向けて小道を ’よじ登る’方法 とがあります

 

(どれも 結局は ある地点で合流するのですが・・・)

02






03. いずれにせよ、登って、登って、登って、 登りまくらねば~!! 

03







04.  2列になった円柱が リズミカルに続く 美しい「回廊 Cloitre」

修道士たちが 歩きながら瞑想したという 、、、

 

奥にそびえるのが 「修道院付属教会 Eglise Abbatiale」

04







05. さて、モンサンミッシェルの北側の部分は、 

上の「回廊」も含めて、 ゴシック建築の傑作、 ラ・メルヴェイユ La Merveille (驚嘆)と呼ばれている

 

写真左側の「回廊」の天井も、右側の「大食堂」の天井も 木で出来ていますね

下の階への 重量の負荷を軽くするためらしい

05

( 真ん中は「騎士の部屋」 )

 

ところで、「 驚くほど素晴らしい! Merveilleux ! 」と 感嘆の声を上げた人物こそ

 かの 有名なヴィクトール ユーゴー でした 



                      






06   さて、18世紀には 牢獄だったモンサンミッシェル

内部には 鉄格子のある部屋、独房(今は封印されている)や、かつての死体置き場、などがある

 

ところで、 囚人と言っても
 

劣悪な環境で 重労働を強いられ 命を落とした者もいれば、

絵のように、家族が出入りしたり、看護人付きの囚人もいたらしい
 


ある意味 ”袖の下”が 通用する世界でもあったのでしょう

06  






07.   荷物の上げ下ろしに使われた滑車

なんと、囚人達が この中に入れられ、その肉体で車輪を回したという

ロープを巻き上げようと 死力を尽くした囚人達のうめき声が 聞こえてきそうです ・・・・

07  





08.   さて、話は その ヴィクトール ユーゴー Victor Hugo のこと


彼は 思想問題から ナポレオン3世の追捕を逃れるべく、1851年から 19年間も

ジャージー島 Jersey や ガーンジー島 Guernseyに 亡命していました

(モンサンミッシェルの北西 80~120kmにある 英領の島々)

しかし、 亡命と言っても、ボロボロの服を着て、、、 などと 想像したら大間違い!

 


ガーンジー島では 青い海を見晴るかす 立派な白亜の豪邸に 

夫人と息子など 家族連れで暮らしていた

 

( 奥さんは 嫌気がさして 途中で パリに帰ったらしいけど )




                     






さて、 豪邸とは別の邸宅に 愛人ジュリエットを住まわせていた V.ユーゴーは

ある時、彼女を伴って モンサンミッシェルに 旅行をする

その時、彼は モンサンミシェルの 美しさに驚嘆し、

フランス文化にとっての 特別な意味を 深く悟ったのです

愛人旅行も 意義あるものだったと言えそうです ・・

08

( ガーンジー島、 ヴィクトール ユーゴーの邸宅 )

ところで、 ユーゴーは 長く服役した ジャン・バルジャンを主人公とした 「レ・ミゼラブル」を

1862年に書き上げたましたが、


1863年に牢獄としての役割を終えたあと 

手付かずで放置されていたモンサンミッシェルの姿が  小説のヒントとなる 

独特なインパクトを 与えたのかも知れません・・・



                     





その後、 V.ユーゴーは モーパッサンなどと共に、

モンサンミッシェルの文化的価値を認め、整備・保護を提唱する ’キャンペーン’ を展開する

今日のモンサンミッシェルの ’繁栄ぶり ’は、 

彼らの努力の結晶の賜物と 言えるかもしれませんね !

                     



09.  さて、現実のモンサンミッシェルに戻ります~

 

お土産やさんにて、  北京の田舎から出てきた彼女は

ここで働きながら フランス語の勉強をしている

 

中国から出てきて2年半、一度も国へは帰ってないとか・・

店仕舞い、床の掃除から、レジの金額合わせまで、任された仕事を キチンとこなしているようでした

 

中国人と日本人が フランス語で会話して、一瞬 アジアンチックな心が通じる、、、

 

一粒の 旅のスパイスでした~~

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10.   当夜の宿は モンサンミッシェル名物 オムレツの発祥店

「ホテル メール・プラール 」 !

10

オムレツが どんな味だったか~~

 

                     



 

詳しくは 次回 モンサンミッシェル パート3 にて   ^&^

               

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コメント

こんばんは。
今年フランスへ初めていきましたが、モンサンミッシェルまで行けませんでした。
次は必ず行きたいです。
「レ・ミゼラブル」は小学生の頃本で読んで(児童文学版の優しいもの)、日本とロンドンでミュージカルも観ました。
エポニーヌの歌や革命の歌は年度聞いても好きですね~。

最近私もブログを始め数回あなたのブログを見ましたが、毎回すばらしいレポートですね。歴史的なこともしっかり調べてありたいへん感心します。 時間を見つけてバックナンバーを見たくなりました。 私は絵画(油絵)を趣味でやっていますが、きれいな写真を見ると、いつかフランスへ行って見たくなります。時間があったら私のHPも見てくださね。 ~季節の風を感じて~ http:://kosai.art.coocan.jp からどうぞ。

お早うございます。
モンサンミッシェルの建てられた小島にもレストランや店など沢山ありますね。
修道院だけの広さだと思っていましたが想像以上に広いですね。
登って登って名所見物も疲れますね。
レ・ミゼラブルは中学の時に読みましたがすっかり忘れました。


bellaさん、
ブロガ-はひたすら上り下りしなければいけません。
テレビで見ましたが、ここのオムレツはでかいですね。
でかいというか、ただふわっとしているというか・・・。
で、美味かったですか?

何事にも造詣の深いbellaさんの解説と、bellaさんならではの写真のお陰で、
娘達のビデオでは見られなかったモンサンミッシェルの様々の様子と
それに係わる色々を知ることが出来て感謝です。
ユーゴーが歓声を上げただけあって、建物内部も素敵ですね。
滑車には驚きです。監獄でないときは、誰が廻したのでしょうね?
若い中国女性も頑張っているのですね。この所日本の若い方が、
海外留学等に積極的でない様で心配です。

こんばんは o(*^▽^*)o
いやぁもぅ、我が家に居ながらにして、あの世界遺産の”モンサンミッシェル”を旅させていただき、ありがとうございます アリ(゚o゚)(。_。)ガト!
ただひたすら”登る”のですねぇ (゚o゚)オォーッ!歴史的建造物には文明の利器はないでしょうから、自分の足で一歩一歩歩くしかないのですね。
この素晴らしい世界遺産の陰には、中世ヨーロッパ独特の悲しい史実があったのですね。

他のブログ仲間の方が、先日までイタリアを旅され、やはりブログ上でイタリア旅行を楽しませていただいています。そして今、北欧へと出かけられている方もいます。
かつてとは違い、海外へはとても出かけられない今の私の状況で、ブログ仲間の方の旅日記、私自身が旅しているつもりでいつも拝見させていただいてます。

bellaお姉さま、こんばんは~
お邪魔するのが遅くなってすみません
オムレツの発祥の地へ行かれたのですね
牢獄・・・映画の世界といっしょであの中に囚人が肉体労働を強いられたのが
頭の中でぐるぐるとその様子が思い浮かばれました
もうその当時から袖の下という風習があったのは
中村主人を思わせます(笑)
芸術家は必ずと言っていいほど愛人がいるものなんですね
なぜあんなにモテルのでしょうか?
次回のオムレツの話題を楽しみにしております

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