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2011年9月 3日 (土)

モネの庭 ジヴェルニー

1883年、43歳の クロード・モネ (Claude Monet)は 

パリ北西50km、セーヌ河畔の ジヴェルニー(Giverny)に
引っ越してきた

その約10年ほど前、 第一回印象派展に <印象日の出>を出品、

それから、 彼は  新しい時代の寵児として 多くの作品を生み出していく
 



  

            






01.  モネが引き連れて来た家族は、 先妻カミーユとのあいだの2人の子  そして

破産したあと 家族を捨てて逃亡したモネのパトロン、オシュデの妻アリスと 

その6人の子供たちでした
 

 



アリスとは 後に再婚したため、 子供が 計8人、、 大きな家が必要だったのです~~

01_2

                                         セーヌ河






02.  ジヴェルニーは ぶどう栽培が盛んな地域で、 

モネの ジヴェルニーの家も もともと葡萄の圧搾所でした

 

当初 7年間は賃貸という形でしたが、 

1890年に 22,000フランで土地・建物を買い取り、正式に彼のものになった 

 

とは言っても、買い取るまでにも 彼が好むように 増改築などしており、

今日のような厳格な賃貸でなく、 田舎風の大らかな貸し借りだったかもしれない・・

02

         上、セーヌ河畔のジヴェルニー 下、セーヌの支流エプト川







03. クロ・ノルマン ( Le Clos Normand )と呼ばれる この庭は

初めは 林檎畑や菜園、 小道に桧などが植えられただけの 殺風景な場所でしたが、

 

モネは 絵描きでありましたが 、  プロの庭師と見紛うほどの情熱で

自分好みの カラフルな庭に仕立て上げたのです

03_2







04.  さて、私がモネの家に到着すると、既に 長~い行列 !

さぞ たくさんの日本人が来ているだろうと思いきや、 
ほとんど全てが ’ 西洋人 ’



  
モネ好きは 日本人ばかりではなかった、と 妙な安堵感!

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05.   オレンジ系の花畑

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06.   1886年には 第2アトリエ(写真)、

 
第一次世界大戦のさ中 1915年には そこで有名な ”蓮池”の 大作を描いた 

第3アトリエを 建てている

 


( 22mx12mと 広くて実用的だった第3アトリエですが

モネは 外観が醜いからと、本当の所は あまり 気に入らなかったらしい )

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07.   ピンク・紫系の花畑

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08.   建物の窓も階段も 庭のベンチも グリーン

次回紹介させていただく 蓮池に架かる ”日本橋 ”も グリーン、

 

庭全体に 花以外の 余計な色を出したくなかったのでしょう・・

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09.   モネが住んでいた当時のままのサロン、 

 

今は大勢の観光客が押すな、押すなと詰めかけています~!

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10.  どの部屋も、それぞれ 異なる美しい色で統一され、

いかにも印象派画家の家らしい 魅力的なコーディネイトです

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(  室内は カメラ禁止でしたので 絵ハガキなどから  )




こうした部屋の中を 8人の子供たちが にぎやかに走り回ったのでしょうか・・
 

庭で飼育していた ニワトリの玉子や 育てた
野菜を手にして 

妻となったアリスが いそいそとキッチンに入ったのでしょうか・・

                     

 

それから よくパリからやって来て ご馳走に与った友人達が、

ここで 談笑したのでしょうか・・

 

鍋やフライパン、 そして グラスや食器類 も 当時のものがそのまま置いてありました

                        

お金に窮した時代もあったようですが それでも ここジベルニーでの生活は

まさに モネの美しい絵を生み出す 原動力となったことは 間違いなさそうです

 

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コメント

こんばんは (*゚▽゚)ノ
ゴッホに続いてモネですね。芸術に疎い私でも、彼らの名前や作品は、少しは知っています。
前記事の”ゴッホの墓と麦畑”も拝見!まるで”ゴッホ展”でも見ているような感じでした。
bellaさんのブログで、タダでゴッホの作品たくさん見られ、次は”モネ展”楽しみです。

ブログを投稿する”管理ページ”にマイリストがあり、そこへブログURLを登録し、”公開”にするとこちらのbellaさんのブログからリンクされます。
私のブログURLは、管理ページの”コメント一覧”で私のコメントをクリックしますと、書いてあります。
”アクセス解析”を開くと”ココログ広場”へもジャンプできます。そちらで、各カテゴリーに登録してみるのも、読者が増えることにつながります。ちなみに”友達申請”してあるのですが、もう一度クリックしてみます。

CLAUD MONETの人気が睡蓮の庭だけでなく、また日本人好みばかりではないことが良くわかりました。
「睡蓮」のbellaさん流も楽しみです。(!)

お早うございます。
モネは大好きでイギリスに行ったときボートに乗った貴婦人でしたか?
ポスターを買ってきて毎日眺めています。
日本に関心を持ったモネだから日本人に好かれるのでしょうね。
bellaさんのURLを教えてください。

モネの庭に掛ける情熱は凄かったのですね、
庭をキャンパスに見立て描いていたのかしら、
日本でも植物園内を歩くとコウナーの一つを「モネの庭」と
名付けているのを見かけます。

馴染みを感じるモネの周囲がbellaさんの解説で良く分かります。
次も楽しみにしています。

今晩はぁ~ ♪
こんな広大な土地と
大勢の家族を持てるなんて‥‥ 
当時の画家は、お金持ちが多かったんですね~ (〃^∇^)

モネは、特別だったんですか !?

今晩はぁ~ ♪

折角、コメ入れしたのにぃ~
入ってない‥‥ (_ _;)

ココログは、難しい~ (* ̄m ̄)プッ !

bellaお姉さま、おはようございます
今回からモネの特集なんですね
印象派の画家・・・お庭作りもやっぱり力の入れ方が違いますわん
それに、家族構成も大人数ですね
明るい家屋に素敵な家具!
宿泊してみたいな~

お姉さまのブログに素敵な時計がついていますね
お姉さまにぴったりだと思います♪(・∀・)イイ!

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