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2011年8月27日 (土)

ラヴー亭 ・ ゴッホの死んだ部屋

 

 1890年5月、南仏から オーヴェールにやって来たゴッホは 
 

7月までの 2ヶ月間に 76点の絵を描き残した

                        
           

 ほぼ3ヶ月おきに起こる精神の発作に苛まされたゴッホは

 病魔から逃れようと 一縷の望みを抱いて 北フランスに転地する

 

               

 

  01. ゴッホが滞在した ラヴー亭 (Auberge Ravoux)

このレストランの3階の部屋は 1日あたり3フラン50サンチーム                

いわゆるホテルと比べて、かなり手頃だった

01

 

 

 02.  1890年5月20日、ゴッホを迎えたラヴー亭の人々
 

店頭には、レストランの他、ワイン販売、家具付き部屋あり、と書かれている

 


中央、入り口にいるのが、この家の娘アドリーヌ 13歳、

 ゴッホは彼女の絵を3枚描いている

02

 

 

  03. 現在も レストラン内部は ほぼ当時のまま・・
 

 画面右端のドアから お客が出入りした

 



 天井からは ハエ取り紙も下がってました!
  ( 実際は ハエなんていませんよ~、とのこと )

03

 

 

 04  現在は 店の脇から入るようになっていて、 コックさんが 腕を振るうキッチンが見える

 

 「 あまりお腹が空いてないのだけど、一品しか食べなくてもいいかしら?」と、 

 

窓から聞くと、


コックさん、とりあえず、中に入って聞いて見て、とにこやか!

04

 

 

 05. これは 現在のスタッフの面々

 02。の写真があるからこその この写真の存在理由ですね!

05

 

 

 

 06. 私の席の右後ろ、 ただ一つ、ゴッホ時代のテーブルが残っている

 ( ボーイさんが教えてくれたが、人が座っていて残念! 写真は撮れなかった )

 



 さて、写真右側が、
 1890年7月27日、ピストルで撃たれたわき腹を抑えつつ

ゴッホが 部屋に戻って行った 3階への階段
    ( ガラス戸越しですが~ )

                 

06

 

 

07.  ゴッホはこのベッドで 2日間もだえ苦しんだあげく 息を引き取る

 

そもそもゴッホの自殺には 謎が多い

世事に疎く、お金にも困っていた ゴッホが どうやって ピストルを手に入れたのか、、、 

本当に死ぬ気だったのか、、、

 

その日は 平素の過ごし方と違い、

何か予定があったのか 外出の時間がいつもより早かったという

 ゴッホの体を貫いた ピストルの弾の角度が 自分で撃ったにしては不自然だとも言われる

 何故 歩いて帰って来たのか、、、本気なら 何故 第2弾を撃たなかったのかとか ・・・・

07

 

 

08. 後見人たるガシェ医師は 傷口に包帯を巻いただけで 大病院に連絡もせず退散してしまう   


直前に 口論してケンカ別れをした 弟テオにも すぐには連絡がつかない

 

 この辺の ’不思議’ については 多くの研究がなされていて

「 ゴッホは殺された!?」なんていう学者もいる

 

真相は闇の中だ

 

 ただ、 この部屋で 孤独の中 息を引き取ったゴッホが 

結局は 長く深い苦しみから 抜け出て、 死によって やっと救われ、 

平安の境地に至ったことだけは 確かなような気がする・・・

08

 

 

 09   ラヴー亭の娘、アドリーヌは こう回想している

 


「 彼は 我が家ではとても尊敬されていて、 ムッシューヴァンサン、

と親しみを込めて呼ばれていました

 

平素は正午ごろ、絵を描いていた戸外から 昼食のため 帰って来て、

メニューはだいたい 肉と野菜、サラダ、そしてデザートでした


いつも 自分で皿を戻し、 とても 協力的だったのです 」

                       

09  
    
    

 





10. 身辺整理をした 弟テオは 死んだ兄の着衣から 1通の手紙を発見する

テオに書かれた第652番目の手紙だった  

 

 

 二人が交わした膨大な文通の記録があったため、  ゴッホが死んだ後も、

フィンセントとテオの 愛と確執の物語が、今日まで長く語り継がれることになる

 

 

日本人の大好きなゴ ッホの絵と人生の本質は 「絵を見るばかりでなく」、「手紙も読む」、

その両方で、一層 深く理解されるのかもしれない

10

 

 

                          

 次回は この二人の兄弟、フィンセントとテオのお墓を 訪れます

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コメント

bellaさん、こんばんは (^o^)/
ゴッホは・・・ピストルで撃たれて亡くなったのですか (゚o゚)?
”撃たれた”のではなく、自ら”撃った”のでしょうか?
いずれにしても、知らなかったです。

久しぶりに bellaさんの旅ブログ、楽しませていただきました (^_^)ニコッ!
これからも、楽しみにしています。

またbella さんのお洒落なブログを拝見できて嬉しく思います、

hosi ~ hohsi に改めました

          よろしくね。

bella さん、今晩は~ ♪
此方に引っ越ししたんですね~ bella さんらしい素敵なページですよ (〃^∇^)
リンクしておきます !!  
此れからも、宜しくお願いします ^&^

bellaさん

こんばんは
ご無沙汰しています。

くらぶーらのジローです。
今日は、bellaさんのお誕生日ですね。

おめでとうございます。

今後1年間、お元気で過ごされますように祈ってます。

こちらに引越しされて、また素晴らしい日記を書かれてること知りました。

今後のご活躍をお祈りします。

日記を拝見できることを、楽しみにしています。

temple早速新居を拝見させて頂きます。
ゴッホが滞在したレストランの内部が、当時のまま残されているとは嬉しいですね。
そういえば昨年のゴッホ展でアルルの寝室が再現されていましたが、これが実物なんですね。
ゴッホの自殺の謎については確かどこかのTVでも取り上げたのを見た記憶があります。
アドリーヌさん可愛いですね。

bellaお姉さま、こんばんは~
今日はじっくり新しいブログを拝見しました
先日は嬉しさのあまり、つい興奮状態でして(笑)
ゴッホの最期の場所・・・二つの写真が上手くできていますね
それと、自殺か他殺かという説
謎が多いのは多いのですね(すんなり自殺説を受け入れておりました無知な私です)
ゴッホを語る時に絵と手紙の両方から考察するというのが
なるほどと思えることでした
それほど多くの手紙があるというのは
よほど手紙がお好きな方だったのでしょうか
お次を楽しみにしておりますね

徐々にいい色のサイトの方が見えていますね
よかった~~(v^ー゜)ヤッタネ!!

こんにちわ。
私のブログにもリンクさせて頂きました。
タカ長、tabinist,,,,,,いずれも私のHNです。
これからもよろしくお願いします。

うまくコメントが送れませんでした。再送です。
私のブログにリンクさせて頂きました。
タカ長、tabinist いずれも私のHNです。
これからもよろしくお願いいたします。

コメント投稿者の名前がずれている様です。
小生が「bellaお姉さま」といったら、bellaさん怒りますよね。
小生のコメントは、「ジロー」となっているものです。

bellaさん
拝見しました。
ステキなbellaさんの世界ですね。
今回は、ゴッホの足跡をたどる旅でしたね。
ゴッホの死が闇~とは、思ってもいませんでした。
でも、彼は、やすらかな世界へと旅立ち、安らかになれたのでしょうね。

あの、”星降る夜”もゴッホでしたかしら~。

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